目指したのは究極の「原音再生」~音響機器の定石を覆す「桐スピーカー」「桐ヘッドホン」はなぜ生まれたのか

オンキヨー「桐プロジェクト」開発の軌跡

    • 目指したのは究極の「原音再生」~音響機器の定石を覆す「桐スピーカー」「桐ヘッドホン」はなぜ生まれたのか

    • オンキヨーが未来ショッピングで販売した「桐ヘッドホン」(※)は、極限まで「原音再生」を究めた結果、聴く者に未知なる音楽体験をもたらしてくれる、全く新しいコンセプトの製品だ。価格は単体で30万2400円(税込・送料込)。この設計思想から販売戦略まで前代未聞のヘッドホンは、なぜ、どのように生み出されたのか。開発に携わったオンキヨーの技術者らに話を聞いた。

      (※)未来ショッピングでの販売期間は2018年9月30日まで
    • プロジェクトを見る:「音に、再び生を与える。原音再生と、音空間の再現に挑む、和楽器に学んだ桐ヘッドホン。 」
    • 通常のヘッドホンとは“聴こえ方”が全く違う

    • 取材に先立ち、東京・秋葉原の商業施設「マーチエキュート神田万世橋」にあるショールーム「ONKYO BASE」で、「桐ヘッドホン」を試聴した。

      それは、これまで体験したことのない不思議な“聴こえ方”だった。試しに、曲の途中でヘッドホンを同社の最上位モデルと交換した。スピーカーやヘッドホンには通常、「高音を磨く」「低音を強調する」など、各メーカーで独自の調整が施されている。その“味付け”が製品の個性(魅力)となるため、同じ音源でも印象は違ってくる。

      ただし、スピーカーと聴き比べて、どんなヘッドホンでも「耳元で音が鳴る」という“聴こえ方”は共通している。しかし、「桐ヘッドホン」は、その存在を忘れるほど、あたかも自分の周囲で実際に演奏が行われているかのように、自然に音が聴こえてくるのだ。
    • ある空間で録音された音楽を、いっさい足し引きすることなく、奏者の位置関係まで忠実に再現する「原音再生」は、技術的には非常に難しいとされる。音響機器に使われる素材にはそれぞれ「くせ」があり、それを消そうとすれば、構造が複雑になったり、コストがどんどんかさんだりするためだ。海外勢が席巻する市場でも、「低音の迫力」など、むしろ“くせ付け”のほうのスペックが重視される傾向がある。

      ではなぜ、日本の老舗オーディオメーカーによる、常識を超えた「原音空間の再現」は実現したのか――その答えは、「桐ヘッドホン」の“稀有な開発プロセス”にあった。

      物語は「桐スピーカー」から始まる。
    • しがらみのない状態で、理想をとことん追求

    • 大阪府寝屋川市の技術センターで技術開発に携わるオンキヨー 技術本部 スピーカー技術部の井上岳さんは言う。「2014年まで、量産用スピーカーの設計部隊にいました。毎回、市場のニーズに低コストで応えなければならず、開発者として行き詰まりを感じていました」

      同年春、井上さんは開発部隊に異動となった。ちょうど新たなアンプ技術が開発されたタイミングで、その性能を最大限に引き出すことができる新しいスピーカーの開発が求められた。

      一般的な開発は「コストの制約や販売数見込み」といった前提条件ありきでスタートする。しかし、そのプロジェクトでは次世代につながる新技術の開発が優先されたため、「当時の上司から『自分の思うスピーカーを好きにつくっていいよ』と言われました」(井上さん)。
    • 井上さんの担当はスピーカーの筐体(外箱)だった。好きにつくっていいのなら「今まで聞いたことのない鮮烈な音がするスピーカーをつくろう」と井上さんは考えた。

      同社ではすでに、澄んだ音を響かせるセルロースナノファイバーを使用した画期的な振動板が開発されていた。ただし、従来のつくり方では、スピーカーから出る音は既成の枠を超えられない。そこで思いついたのが「スピーカーの筐体を楽器のように鳴らす」というアイデアだった。

      通常、スピーカーの筐体には硬くて重い素材を使うことで、できるかぎり振動を抑える。無作為に共振すれば歪(ひず)みや雑音の原因になるからだ。井上さんの発想は真逆だった。材質から形状まで計算しつくした筐体ごとスピーカーを鳴らすことで、よりリアルで生々しい音の再現を目指した。「日本人の魂を揺さぶる音」を求めて、試行錯誤の末にたどりついた素材が、和楽器「筝(琴)」の音(ね)を美しく響かせる「桐」だった。

      最大限に制振していた筐体を、逆に積極的に鳴らす(振動させる)のだから、信号を音(物理的な空気の振動)に変換するドライバー・ユニットにも特別な技術が必要となった。担当したスピーカー技術部 システム技術グループの吉田昌弘さんは言う。

      「今回のようにキャビネット自体が鳴る場合、ほんのわずかな歪(ひず)みやノイズも増幅されてしまうので、個々の部品の精度も含めて、ユニット全体の完成度を徹底的に追求しました。同時に、製造・組立工程でも通常とはけた違いに緻密な管理を行いました」
    • 2016年の秋が暮れる頃、技術者たちの情熱の注ぎ込まれた「桐スピーカー」の試作品が完成し、内々に披露された。

      「あくまでも『こんな技術を開発しました』と発表するだけで、製品化は全く考えていませんでした。理想だけを追求し、普通の量産はできない仕様になっていましたから」と井上さんは振り返る。

      ところが、同会で視聴した宮田幸雄 代表取締役副社長 兼 B2B本部長は言った。「このスピーカーはおもしろいから、製品化しよう」。さらに、「この桐、ヘッドホンにも使えるんじゃない?」とも。

      ここから「桐ヘッドホン」の開発プロジェクトが動き出す。
    • 録音された現場で響く音をヘッドホンでも忠実に再現したい

    • その頃、スピーカー技術部 ヘッドフォン技術グループの山本優一さんは、画期的なヘッドホンの開発に取り組んでいた。山本さんが目指したのは、冒頭で紹介したような加工を一切せず、音質や音色はもちろん、発せられた位置(方向と距離)まで現場で録られた音を忠実に再現する究極の「原音再生」だった。

      ヘッドホンには「密閉型」と「開放型」がある。密閉型は「ハウジング」と呼ばれる硬い覆いで耳とドライバー・ユニットを包み込むタイプだ。周囲の騒音を遮断し、音漏れもしにくいが、開放型に比べれば密閉感が避けられず、また、「ハウジングの限られた空間の中に耳があるので、鳴らした音にくせ付けされてしまう」(山本さん)。かといって、ハウジングがないか、あっても密閉されていない開放型では、周囲の騒音も聞こえるので「録音現場の響きの再現」は不可能だ。「密閉型でハウジングの振動をどんなに抑えても“ゼロ”にはならないならば、逆に『上手く鳴らす』という発想に転換して、いろんな素材や形状を研究していました」(山本さん)。

      そこに宮田副社長のアドバイスが届いた。「いいヒントをいただきました。スピーカーでは、桐の筐体がアンプのように音を増幅するのに対して、ヘッドホンでは、桐のハウジングが耳もとで鳴る音をきれいに整えてくれました」(山本さん)。

      プロジェクトページで紹介したような幾多の工夫と試行錯誤を経て、2018年春、完成した桐ヘッドホンの原音再生は、「可能なかぎり“録音現場に響く音”そのままを再現」という領域に到達した。
    • 全く新しいコンセプトの高額商品でもユーザーに届けることができた

    • どんな売り方をすればいいのか――コストを度外視した規格外の製品に既存のセオリーは通用しなかった。オンキヨー&パイオニア 営業本部 国内営業部 営業企画課の上田賢司さんは、販売店で他社商品の中に埋もれさせて売るべきではないと考えていた。「音楽そのものの本質を伝える」という製品のコンセプトから、「純粋に音楽が好きな人にこそ楽しんでいただきたい」という思いも開発陣と合致していた。

      「未来ショッピングのユーザーには、価格やスペックだけでなく、“ものづくり”そのものに関心を持つ感度の高い方々が多い。さまざまな選択肢を検討しましたが、結果的にスピーカー、ヘッドホンとも、世の中になかった新たな技術や本質的な価値、つくり手の想いをきちんと伝えられる未来ショッピングで販売することにしました」(上田さん)。
    • 2017年8月、「未来ショッピング」でのクラウドファンディングによる桐スピーカーの販売が始まった。「1台売れるか、売れないかが、勝負だ」と関係者が固唾をのんで見守る中、本体・台座でおよそ130万円の桐スピーカーは4台売れ、目標金額を8%超える540万円を集めることができた。「一生懸命、思いをつぎ込んでものづくりをすると、わかってくれる人がいるんだ、途中で諦めなくてよかったと、素直に感動しました」と井上さんは振り返る。クラウドファンディング終了後にも反響があり、現在「ONKYO BASE」で限定3台を特別販売している。2018年7月31日に販売を開始した桐ヘッドホンも、2カ月で15台売れ、目標金額を72%上回る480万円余りが集まった。

      最後に、3人の開発陣にこれからの展望を聞いた。

      「今回、量産設計の考え方とか、市場のニーズ、コスト、マーケティング、業界の常識など、あらゆる枠組みを飛び越えて、ある意味“突き抜けた”ものづくりをさせてもらい、挑戦することの大切さを改めて実感することができました」(井上さん)。

      「日ごろから自由な発想を忘れないよう心がけてきましたが、今回のプロジェクトでそれを具現化できる喜びや達成感を味わうことができました。できれば今回“シーズ”として開発した技術を一般的な製品にも展開していきたいと考えています」(吉田さん)。

      「買っていただけるかどうかは別にして、普段BGM感覚で軽く音楽を聞き流しているような若い子たちにも『こんな世界があるんや』と知ってもらえたら嬉しいですね」(山本さん)。

      桐スピーカーと桐ヘッドホンの開発は、「いい音楽をいい音で楽しむ」という原点に技術者たちが純粋に向き合った結果、音楽鑑賞の新たな魅力が創出された、稀有な事例と言えるだろう。
    • 桐ヘッドホンのプロジェクトページ:「音に、再び生を与える。原音再生と、音空間の再現に挑む、和楽器に学んだ桐ヘッドホン。 」
    • 桐スピーカーのプロジェクトページ:「技術を重ねるうちにスピーカーは楽器へと変貌した。和楽器に学び、桐を用いた楽器スピーカー。」