夏野剛×石田博 特別対談「成功者だけが知る、人生に彩りを与えるワイン術」

イベントリポート

    • ボルドー5大シャトーの筆頭格シャトー・ラフィット・ロートシルトを堪能するスペシャルディナーイベントが10月8日、レストラン ローブ(東京・港区)で開かれた。ワイン通販で11年連続国内売上首位のベルーナ My Wine CLUBとNIKKEI STYLEによる共同企画で、参加者はシャトーのワイン造りの哲学やそれぞれのワインの特徴について生産者の解説を聞きながら、ラフィットの神髄ともいえる熟成の魅力を存分に味わった。当日は、ビジネス界きってのワイン通として知られる夏野剛氏と、日本のワイン界を代表するトップソムリエ石田博氏による特別対談も開催。ビジネスとワインの関わりや、プレミアムワインならではの魅力や楽しみ方について語り合った。以下では対談の内容を中心にリポートする。
    • 「手段が目的になった」ワイン遍歴

    • 石田 世界のトップクラスのビジネスパーソンにワイン愛好家が多いということは近年しばしば見聞きするところで、夏野さんはまさにそのお一人なわけですが、そもそもワインにはまるきっかけは何だったのですか。

      夏野 僕は美味しいものにも興味があったので、駆け出しの新入社員の頃、月に1回仲間と食事会をやっていたんです。フレンチに行くと必ずワインリストが出てきて、「料理に合わせてください」とソムリエの方に頼むと、本当に合うんですよね。「これを自分でできるようになりたい!」とすごく思いました。初めはそんな「食事に合わせるお酒として知っておきたい」という憧れや、「女性にモテるにはワインを知っておかないと」といった邪念から入る人も多いと思います。経済力がつくに従って、そのうち一定数は僕のように、いつの間にかワインそのものが大事になるというか、手段が目的に変わっていくのではないでしょうか。

      石田 その頃勧められた中で印象に残っているワインはありますか。

      夏野 白のシャサーニュ・モンラッシェを勧められて、「このワインいいですね」と言ったら、今度は今ではあまり見かけなくなった赤も出てきました。20代の早いうちに、「シャサーニュ」「モンラッシェ」とか読めないのに、「なんだ、これは!?」と興味を持ってしまった。

      石田 本格的に勉強して、ワインに精通するようになられたのは何歳くらいからですか。

      夏野 これはですね、20代で会社をつぶしたり、人生いろいろあって……。30代前半で1つビジネスがうまくいって、それ以来、会食が多くなったんです。必然的にワインを飲む機会も増え、実践を重ねながら一気に勉強しました。2000年前後でシャサーニュ・モンラッシェはもう高くなっていましたが、仕事で頻繁に訪れていたカリフォルニアで知名度があったのはまだオーパス・ワンくらい。そこで、当時は手ごろだったハーランのオーナーが始めたボンドとか、コルギンとかを自分でどんどん試していきました。

    • ワイン市場は資本主義の縮図

    • 石田 いきなりガレージワインとは、随分ニッチというか、深いところにいきましたね。IT関係でワイン好きな方が多いのもカリフォルニアワインの影響ですよね。

      夏野 そうなんです。ただ、ナパやソノマは濃厚すぎたり、樽香が強すぎたりで、だんだん2杯目がつらくなってきて。価格が高騰したこともあって、3年くらい攻めた後は、フランスワイン一筋で今日に至っています。ボルドーもブルゴーニュも2000年以降、当たり年が多くていいじゃないですか。

      石田 あと、いい生産者がどんどん頭角を現してきましたよね。

      夏野 その頃ロンドンの老舗ワイン商ベリー・ブラザーズ&ラッド(BBR)を紹介してもらい、2005年ものからプリムール(先物)も買い始めました。2007年にブルゴーニュワインの権威でマスター・オブ・ワイン(世界最難関のワイン資格)のジャスパー・モリスさんと会食した際には、売り出したばかりでまだ無名だったオリヴィエ・バーンスタインを勧められました。BBRのワイン会では、村や畑によってミネラル感やタンニン、酸味がこんなに違うのか、といった発見がたくさんありました。マスター・オブ・ワインのアラン・グリフィスさんから勧められたシルヴァン・カティアールもオリヴィエ・バーンスタイン同様、今ではとんでもない値段になっています。

      石田 そういった価格の高騰についてはどのようにみていますか。

      夏野 自分が購入したワインが本当に3倍4倍になっているのを目の当たりにすると、やっぱり出たときに買わないとダメだと思い、家にセラーを備えました。プリムールも上がる前に買うのが目的だったのですが、今度はプリムールが高騰して、逆に現物のほうが安くなってしまった、なんてことも経験しました。でも、こういうのもワインの面白いところなんですよ。資本主義の縮図だから。

      石田 高級ワインの動きにはグローバルな経済状況が如実に反映されますし、偽造ワインが大きな問題になって、鑑定士の需要が高まるといった現象も起きていますね。
    • ワインがグローバルビジネスの扉を開いてくれた

    • 石田 ビジネスパーソンでワインに興味を持つ方が多いのは、やはり皆さん勉強熱心だからなのでしょうか。

      夏野 勉強好きかどうかは別として、知ることが嬉しいんですよね。ワインにしても経営にしても、さまざまな変数があって、常に未知の要素がある。だからこそ、もっと知りたい、という探究心をかき立てられるのかもしれません。

      石田 ビジネスとワインがつながるというのは、世界中でよく聞きますけど、ビジネスにおいて、ワインを知っていて役に立った経験はありますか。

      夏野 欧州で通信の仕事をしていたときフランスで、パートナー企業のオーナーのブイグさんが、シャトー・モンローズを買っちゃったんです。それでシャトーに招待されて、当時、シャトー・オー・ブリオンから招請された伝説の醸造家ジャン・ベルナール・デルマスさんに、中を全部案内してもらいました。

      石田 そもそもなぜ、ブイグさんにそこまで気に入られたのですか?

      夏野 歴史のある国のビジネスパーソンはたいていワインに精通しているので、ワインを介してすぐにお互いの距離が縮まって打ち解けられるし、ワインに詳しいと一目置いてもらえます。僕はビジネスパートナーとして、会食のたびに自分の意見や感想をしっかり伝えていたので、ワイン選びも任されるようになりました。

      石田 取引先や先輩経営者は当然気を遣う相手ですよね。会食の場で気をつけていることはありますか。

      夏野 気をつけないといけないのは、ワインには人それぞれ好みがあるということ。それから、相手を辱めてしまってはダメ。

      石田 お話しながら相手の知識のレベルやワインに対する習熟度をうまくみて、合わせてあげる、ということですね。

      夏野 そうです、そうです。どうしてもやっぱり、樽香がバンバンにきいた白ワインをお寿司と飲みたがる人もいるので。そこはみんな好きにいきましょうね、ということで。

    • 時間をかけてじっくり味わいたい熟成ワインの魅力

    • 石田 押しつけないというのはいいですね。嫌な思いをして、ワインにコンプレックスを抱いてしまう人もいますから。

      夏野 いやー、そうなっちゃいけない。なんといっても仲間を増やさないといけないから(笑)。だから僕は初心者にワインを味わってもらうときは、口の中に含んだら「ムニャムニャムニャムニャ……絶対に飲み込まないで!時々止めて……鼻からフーンと空気を抜いて!」なんて、わざと面白おかしく飲み方を布教しています。そうすると、威張っている感じがない。

      石田 しっかり口の中で転がして、鼻から抜いて……。ゴクッと飲んで「あ、軽くて飲みやすいですね」なんてあっさり言われると、勧めた側は残念なんですよね。

      夏野 そうそう。ワインは鼻で感じるものなんだよと。そうすると、いろいろな香りや味を感じることができて、いいワインと、そうでないワインの違いもはっきり分かります。

      石田 特に今日ご用意させていただいた89年のラフィットの熟成の魅力は、そのようにしっかり味わっていただくことで、その価値がお分かりいただけると思います。

      夏野 複雑でまろやか。いいワインだけが楽しめる奥深く、長い余韻……期待が高まりますね。

      石田 ちなみに夏野さん、グラスは回す派ですか?

      夏野 「それでですね……」とか言いながらグラスをぐるぐる回している人、いるじゃないですか。くせになっちゃってる……あれはもう、全く意味がない。

      石田 グラスを回し続けるというのは、香りをずっと減らしているということなんですよ。回したらすぐ嗅いだほうがいいですし、嗅がないなら触らないでおいたほうが、5分後、10分後に香りのいい状態が楽しめる。

      夏野 無駄に回すのはもったいない。そのためにグラスの形が作られているんだから。
    • 1855年から最高峰の座を守り続けるワインの王様

    • 石田 高級ワインの飲み方も伺ったところで、今日はシャトー・ラフィット・ロートシルトをなんと3ヴィンテージお楽しみいただきますが、ラフィットについてはどんな印象をお持ちですか。

      夏野 5大シャトーの中でも一番バランスが良くて、まさに王様ですね。カベルネ・ソーヴィニオン主体で、土壌的にも硬派で力強さがありながら、なおかつエレガントなのが特徴です。ロンドンのBBRにも相当数貯蔵していますが、僕にとっては人生の節目など、一番大事なとき、ここぞというときに開けるワインです。

      石田 ラフィットの思い出はありますか。

      夏野 ちょうど僕が慶応大学で教え始めた2008年が、慶応の創立150周年だったんです。創立の年である1858年のラフィットを見つけてきた教授がいて、「福沢諭吉が飲んだ“かも”しれないシャトー・ラフィットを飲む会」というのをホテルの会場を貸し切って開きました。3本あって、そのうち2本開けたのですが、1本は香りはあったけれど、味わいが消えていた。でももう1本は、香りはそんなにないけど、果実味がちゃんと残っていて、余韻もありました。残る1本は、まだ慶応大学のどこかに隠されていると思います。

      石田 1858年といえば、ラフィットの特級格付けの3年後ですね。150年前の食品や飲料が今でも……

      夏野 飲める!格付け制定の1855年はペリー来航の翌年なわけですから。もう、エチケットなんか溶けていて、コルクも掘って開けて……。飲み頃という意味では過ぎていましたが、改めてワインという存在の、人知を超えた神秘に圧倒されました。

      石田 特にラフィットは、5大シャトーの中でもリニューアルをまだしておらず、クラシックなままのワイン造りを続けているというのも、今では逆に変わらない良さというのがありますね。こんなヴィンテージは揃えようとしてもなかなかできません。今日はぜひ皆様にご堪能いただければと思います。
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    • 生産者が語るワインの醍醐味(ジャン・セバスチャン・フィリップ氏)

    • 本日は我々が所有する4つのドメーヌから代表する3つを選び、異なる産地と、ラフィットの異なるヴィンテージという、2つの観点でワインをご用意しました。ワインの素晴らしさは、1本のボトルを開けて、その味わいだけでなく、時間や情緒的な気持ちを分かち合えるところにあります。そしてもう1つ、ワインを楽しむときに大切なのは、何を一緒に食べるかということです。日本人のシェフの感性で作られた素晴らしいフランス料理との相性もぜひお楽しみください。
    • <エール・ド・リューセック 2018>
      もともと貴腐ワインが収穫される土地ですが、リューセックでは貴腐ワインだけでなく、エレガントで華やかな辛口白ワインも醸造しています。本日のフォアグラと柿を使った前菜ととても合うでしょう。酸味がもたらすフレッシュ感とテンション(一貫性)がポイントで、1杯飲んで終わりではなく、さらに飲みたくなるような後味です。

      <シャトー・デュアール・ミロン 2011/シャトー・ラフィット・ロートシルト 2011>
      この2つのシャトーはとても近い場所にあり、醸造チームが同じで、ブドウ品種のブレンド比率も非常に似ています。違いはテロワールで、デュアール・ミロンは粘土の割合が高いのに対し、ラフィットは砂利質の土壌です。土壌の特徴により、デュアール・ミロンはメルローの比率が高く、その分少し早くワインが飲み頃に入るのに対し、ラフィットはどちらかというと緻密で繊細な印象です。どちらも18カ月の木樽熟成ですが、デュアール・ミロンの新樽の比率が50%なのに対し、ラフィットは100%新樽を使っており、その違いも感じていただけるでしょう。

      <シャトー・ラフィット・ロートシルト 1999>
      天候だけでなく、天体の動きもブドウや大地に対して影響を及ぼすとされています。ボトルにもマークが記されていますが、1999年は日蝕の年のヴィンテージです。翌2000年の評価があまりにも高かったので、少し影に隠れたような感もありますが、実は今日、99年は驚くほどいい状態になっています。ラフィットの一番の特徴は複雑さですが、もう1つは時間とともにゆっくりと熟成していくところにあります。今日ご紹介する3つのヴィンテージで、その熟成の過程を実感していただけると思います。すなわち、2011年はスタート、99年は次のステージに上がって真骨頂を出し始め、そしてこの後ご紹介する89年へと至ります。

      <シャトー・ラフィット・ロートシルト 1989>
      ラフィットは熟成のキャパシティがあり、時間をかけてより真価を発揮していくワインです。我々が常に念頭に置いているのは、30年経っても40年経っても若々しさを保てるワインであってほしい、ということです。80年代は我々にとってゴールデンエイジで、コレクターのワインと呼ばれる82年、偉大なるボルドーのクラシックと評される86年など、いい年が続きました。89年は、そうした年が持つ完璧性を備えているというわけではありません。しかし89年には、ゆったりとしたふくよかさ、優しさといった、飲み手の情緒に訴えかけるような特徴があります。造り手である我々にとっても「いい年になったな」と思える、愛着の強いヴィンテージです。

      <シャトー・リューセック 2007>
      2007年は多雨多湿でボルドーの赤ワインにとっては難しい年でしたが、色からもお分かりいただけるように、貴腐ワインにとっては素晴らしいヴィンテージとなりました。貴腐ワインは造るのが難しく、1本の樹からできるのはわずかグラス1杯分と、人手も時間も要しますが、残念なことに近年のダイエット志向により、消費量が減っています。確かに糖分は多く含まれますが、すべてブドウに由来する天然の甘味であり、心地よい苦みを伴うことで、べたっと重くならないのが、ソーテルヌの特徴です。